みなさんはじめまして。ハです。
このだだっぴろい情報社会を生きる中でこのブログを見つけてくださった皆様にお礼をいたします。本当にありがとうございます。
このブログでは、私が超特急に出会った2017年からの8号者生い立ちを長々と綴って参りたいと思います。(一応初乗車ブログです)
なんせ生粋の初乗車ブログではないため、書き連ねきった後もこうして公の場に出すかどうか悩みましたが、どこかにいるかもしれない私と同じような境遇の8号車さんに届けばいいなと思い、こうしてみなさんに読んでいただける形にするに至りました。(文章を書くこと自体は好きなのでどこかで消化できなくてもこのブログは書いていたと思います)
初めに言っておきますが、そこそこ長い割に面白いポイントも特にありません。ですが、なかなかに良い文章であるとは思うのでもしよければ最後まで読んでいただければと思います。
また、それに伴ってひとつお願いがあります。当ブログ内に、一部攻撃的な表現が含まれます。ですが、この表現は私の8号車人生を語る上でどうしても外せないものだったので、気分を害される方はブラウザバックお願いします。
目次
- 第1章 超特急との出会い
- 第2章 仮初乗車
- 第3章 推しのいない超特急
- 第4章 かわりゆく超特急
- 第5章 シューヤくんとの出会い
- 第6章 8号車まっしぐら
- 第7章 2度目の仮初乗車
- 第8章 6年越しの初乗車
※第4章の内容が一部攻撃的なものになっております。また第1章〜第3章に関しても、不快に思われる方がいらっしゃらないとは言い切れないので、本当に心配な方は第5章からお読みください。(章題を青字にしておりますので目分量で飛ばしてください。)加えて、心情の移り変わりに伴い"新メン"と"2桁"を使い分けております。ご了承ください。
それではスタート!
第1章
超特急との出会い
私が超特急に初めて出会ったのは2017年の夏頃。
出会いは超ネバギバdanceのMVでした。
その頃私はまだ義務教育キッズで、いわゆるYouTube全盛期を生きておりました。
YouTubeの世界に深く潜り込んでいたところバッタリと出会ったネバギバのMV。
今まで超特急などというものに全く触れてこなかった(知らなかった)私がどうやってネバギバMVに到達したのか。
今になって調べてみると、ネバギバCMユーキ篇が急上昇に上がっていたらしく、絶対それでだろと思っております。
超特急「超ネバギバDANCE」Music Video - YouTube
超特急「超ネバギバCM」ユーキ篇 #超特急 #超ネバギバDANCE - YouTube
ネバギバを聞いた私は、その癖の強いイケメンお兄さんたちに興味を惹かれ、みるみるうちに超特急の良さを掘り出して行きました。
気づいた頃には私は6号車ユースケくんの虜に。
とはいえ義務教育キッズのするオタクなんてもの(もはやオタクとも言い難い)はたかが知れており、曲を聞きMVを見る、ごくたまにある地上波出演を見守る、LINELIVEを覗く、円盤を見る、グッズを買う、程度のもの。
微力ながらも超特急に熱意を注ぐ日々は本当に楽しかったです。
しかし、ちょうどこの頃にコーイチくんが脱退することが決まりました。
大好きな超特急の形が崩れる瞬間を目の当たりにし、人生で初めて"脱退"という言葉の重みを知りました。
当時の私がどれほど落ち込んだかは言葉に表すのも辛いですが、今思うと本当にすごい瞬間に立ち会ってしまっていたんだなと思います。
その後も超特急及びユースケくんを好きな気持ちは変わらずでしたが、醍醐味であるライブに足を運ぶまでには至らず、そのまま半年が経過しました。
第2章
仮初乗車
そんな中超特急に会う機会が訪れました。
今となってはどういう経緯でそうなったのかも全く覚えていませんが、私はイナズマロックフェス2018に行くことに。
TEFBから集め始めた黄色ペンラを持ち(TEFBとSBFの2本持ち^_^)私は超特急に会いに行きました。
ここで仮初乗車(単独以外は仮という認識です)をキメた感想をどばどばと吐き出したいところなのですが、残念ながら私に残る記憶は「衣装おもろ」と「バッタマンやばい」のみ。
おそらく1曲目のバッタマンで暴れ狂う推しを見た私はそのあとの記憶を残す脳みそを完全に溶かしてしまったのだと思います。
超特急、T.M.Revolution「HOT LIMIT」風衣装でらしさ全開パフォーマンス<イナズマロックフェス2018> - モデルプレス
そのままの流れでいくと単独に足を運び完全なる初乗車(当時でいくとゴルエポ)を果たすはずなのですが、このタイミングで他界隈に推しができてしまいます。
その他界隈の推しに流されつつも超特急の茶の間をこれまで通り続けるというスタイルに落ち着いたこの頃。
第3章
推しのいない超特急
大好きな大好きなユースケくんの休養が発表されました。超特急はみんな大好きマインドなものの、推しがいないグループを見るのがこんなにも辛いとは思いませんでした。
また、コーイチくんがいなくなる瞬間を見ているからこそ、休養ってなに?帰ってくるよね?という逃れられない絶望感と戦わずにはいられませんでした。
このような状況下で私はみるみるうちに他界隈の推しに入れ込むようになりました。
そして2020年2月、ユースケくんの脱退が発表されてしまいました。少しずつ超特急から離れていた私ですが、ユースケくんが戻ってきたらまた!という精神の元、リバラブを涙しながら聞き、レボビバのペンラを握りしめて待ち構えていたので、私にとってこの発表は超特急から離れるには充分すぎる理由でした。(そりゃそう)
こうして私と超特急の物語は約2年半、たった1回の仮乗車にて幕を閉じました。
皆様!前半終了です!
眠くならないでください!
ここから後半です!
第4章
変わりゆく超特急
超特急と離れることになったとは言いつつそれもなかば強制的なものだったので、その後も節目節目には覗きに行くことも多々ありました。(超チューバー?おもしろそう、配信ライブあるの?見よっと、バレピ?かわいいね、etc......)
そんな中、私の元に飛び込んできた衝撃のニュース。
超特急が新メンバーを募集
私の第一声はもちろん「は?」でした。超特急はAKBやモー娘のように入れ替わり制のグループではないし、新メンバーを募集って、それなに言ってるか本当にわかってる?というのが正直な気持ちでした。
大好きだったものの形が変わってしまったことで私は超特急を離れてしまったけど、その超特急がもっと形を変えてしまうのが怖くて、気づけば私は超特急募のYouTubeを血眼になって見ていました。
そして、Progress 8号車の日 にて発表された新メンバーの4人。4人?!多ない?!(←これ全員が思った)
【超特急募 #5】「僕たちは超特急です!」新メンバー4人が挑んだオーディションの軌跡を公開 - YouTube
ここまで気を抜かずに読んでくださった方には伝わっていると思いますが、私は、4人の新メンバーが入って新体制になった超特急を応援しようとは思えませんでした。
なんで新メンバーじゃなきゃダメなの?知らない人を入れるの?てか多ない?という気持ちに駆られ、新メンバー達のことを知ろうとしませんでした。私はこの時に初めて超特急のことを"不快"だと思ってしまいました。(ユースケくん脱退の時にも思わなかったのに)
そんな超特急に目もくれなかった私は、新メンが加入した2022年8月から、超特急にまた興味を持ち始める2023年3月までの約半年、超特急に出会って史上1番彼らに興味がありませんでした。(今となっては大懺悔、なにしてんだ自分)
第5章
シューヤくんとの出会い
超特急なんてもう知らないとそっぽを向いていた2023年春頃、またしても私の耳にひとつの情報が舞い込んできました。
EBiDAN全体曲「前略、道の上より」
この頃には他界隈の推しともおさらばしており完全にオタク離れ生活をしていた私。
超特急は好きだったけどEBiDANについては全然知る機会がなかったな、ちょっくらイケメンでも、漁ってみるか、という思考回路の元「前略、道の上より」を再生しました。
案の定ボーカルトップバッターはタカシくん。聞き馴染みのあるその歌声に浸り、スーツ姿の多種多様な見知らぬイケメンを見張り続けていたところ、タカシくんの次に歌い出した人が。
新メンなんて嫌だよと悪口雑言を吐いていた私は、タカシくんの次に歌い出したシューヤくんの歌声を聞き呆気に取られました。
率直に言えば、"歌が上手すぎる"。それに、「新メンかよ、あれ歌上手い、、」というよりは、「歌うまっ、だれ?え新メン?」のような感じだったので、まあこの時点で私はシューヤに負けたわけです。
また、単純に歌が上手いことだけに感動したわけではありません。努力家で健気で素直で、コーイチくんが抜けてから約5年間ずっと1人で超特急で歌い続けてくれた私たちの誇りであるタカシくん。その隣で、(EBiDAN全体曲でタカシくんの次に)歌ってくれる立派なボーカルが現れたことをこの時になって初めて知り、衝撃と感銘が私の心に同時に飛びかかりました。
シューヤくんの歌声に感動したこの瞬間に嫌な予感はしていました。しかしその嫌な予感に気づかないふりをして、私は2桁を少しずつ知っていこうとしました。
第6章
8号車まっしぐら
ソイヤ期から着々と新体制超特急を学び2桁の魅力をひしひしと感じながら、私はこれまでの半年間を恥じ、悔やみました。こんなにもいい子たちをなぜ毛嫌いしていたのだろうか、と。
2桁ちゃんが本当に可愛くて愛おしくて、アロハちゃんかわいいねハルちゃんかわいいねシューマサちゃんかわいいね、と2桁大好きおばさんになり、気づけば「シューヤくん、好き」になっていました。こうなってしまえば、超特急を推さない理由がこの世にひとつも無くなるわけです。
この2桁巡回フィーバーがB9ツアーと同じ頃だったので飛び乗り参戦することも考えました。しかし、あまりにも無計画な上新体制について知らないことが多すぎたので、ここは今一度我慢しようと自分の心に言い聞かせました。(一度離れてしまったが故、安易に勢いだけで行くのが怖い部分もありました)
ちょうどこの頃に、私に8号車1人目の友達ができます。
友達ができたと言っても、その子とは以前から知り合いで、先述した他界隈の推しのオタクをしていた頃に出会った子でした。ここからは、その子をMちゃんと称します。
Mちゃんとはいわゆるオタ活以外でも会うことが多く、私が他界隈の推しを降りてしまった後も途切れることなく会ってくれました。
そんな中、Mちゃんも最近超特急にハマっていることを知り、ひょんなことから意気投合。話を聞いていくと、私と同じく7人時代に好きだったことがあるとのことでした。
私とMちゃんは、珍しい経歴であるにも関わらず同じような8号車を見つけ今までにないほど分かち合い、お試しとTIMEに一緒に乗車することになりました。Mちゃんがいなかったらこんなにしっかり8号車やろうと思えてなかったと思う、本当にありがとう。
第7章
2度目の仮初乗車
第2章で書きましたが、私の中では単独以外の外部イベは仮乗車の認識なので、私は約5年間仮乗車状態だったことになります。
B9のチャコールペンラを買い揃え、私はお試し大阪に挑みました。お試し自体が新規さん向けなこともあり、過去に8号車モドキをしていた私には半分寝ててもコールできるくらいのものばかりのセトリでした。乗車前に不安に駆られていた私も、始まってしまえばさっきまでの不安が嘘かのようにバカでかコールを放ち、ららぽ堺を破壊してきました。(してない)
第8章
6年越しの初乗車
お試しにて5年ぶりに超特急を浴びた私はその約2ヶ月後のTIMEに備えて日々精進を重ねました。
当初は24日だけ行く予定だったのですが、ご縁があり大阪両日乗車できることに。ぴあ公演のセトリはすでに把握していたので心して挑みました。(尚、ぴあ公演のセトリレポを見ながらMちゃんと4時間号泣電話済み)
TIME、本当に何から話せばいいのかわからないですが、超特急に出会ったあの頃が全て詰め込まれていてこんなにも新体制新規の私でも楽しめるセトリだったことがまじでまじで嬉しすぎました。
シーエクドミネWCDIに心拍を掻き立てられ、リフレイン小さな光スタラビリオンに涙腺を殴打されました。極めつけにはSURVIVOR。この令和の時代に、超特急さんといっしょに床を叩けるなんて、誰が思った?23日はSAYNOで体力を消耗し切ったかと思えば24日は走れで爆尊5.7.11連結を見せつけられ(あまりにも私情)、両日ともアンコラストシンクロで無事城ホを墓場に。
そして24日に関しては、墓場を建て終わったその瞬間になんと、、、その、、、パリメが😭😭
下手側の私の席からはアロハくんが1番よく見えたのですが、Tシャツを頭に被るアロハくんを見たその瞬間、私はもう、なんと言ったらいいのか、あの、その、もう、死んだ。
パリメを出した当時、必死にアゲ曲を歌うタカシくんをじっと見守ることしかできなかった私たちからすると、タカシくんの隣で腹筋しながら歌う男がいるのが、まじでその事実がまず"ヤバ"くて、その上私に関してはその男が自分の推しという、なんたるや感動秘話、涙がなんぼあっても足りません。
TIMEに乗車する前からもうとっくに8号車でしたが、TIMEを経て私はやっぱり8号車なんだなと感じました。
私はこれからも超特急についていっていいんだなと再確認することができ、言い方が悪くなってしまうかもしれませんが、要するに腹を括りました。
超特急に出会ったあの頃や黄色いペンラを振っていた頃に思いを馳せてしまうこともやっぱりあります。一度離れた時期があるからこそタイムスリップしたみたいな感覚があるので、おそらくずっと応援してきた人よりも過去を近くに感じてしまっています。でも、それ以上に今が楽しくて、こうして8号車として戻って来ることができたのが本当に嬉しいです。
徐々に人気が出てきてバンッと跳ねたネバギバの時についたミーハーが、またまた新体制後にミーハーとして戻ってきたみたいな推し経歴(ネバギバ新規兼ソイヤ新規)ですが、私はこれからも、シューヤくんに愛してるを捧げ続けます。
シューヤくん、超特急になってくれて、超特急でいてくれて、本当にありがとう。
最後まで読んでくださりありがとうございました。
※全て私のカス脳みその記憶上の話ですので時系列や細かなところに不備がございましたらすみません。見逃してください。